心理学あれこれ

子どもの主体性を奪う親子の会話:ミスティフィケーション

原初的没頭では、親が自らの欲求を顧みずに幼児の欲求に添おうと全力で努力する状態を取り上げましたが、子の主体性の尊重は、健全な心理的発達のために大切だとされます。今回は、子の主体性を奪うコニュニケーションの一形態、ミスティフィケーションを取り上げます。

ミスティフィケーションは、資本論で知られるマルクスが使用した概念ですが、精神分析家のロナルド・D・レインによって心理学に応用されました。その概念の本質は「衝突を避けるために真実をあやふやにしたり隠蔽したりすることで相手に混乱や錯覚を生じさせる」ことにあります。背景には非対称な力関係があります。マルクスが取り上げたのは、搾取する階級と搾取される階級の関係ですが、レインが取り上げたのは、親と子の関係です。

葛藤を避けるために、親はミスティフィケーションという方法で子どもの気持ちや考えを操作して錯覚や混乱に陥らせます。レインの定義では、親が自分の知りたくないことや思い出したくないことを「なかったこと」にするために、子どもの考えや気持ちを操作し、子どももそれを「なかったこと」だと考えるように誘導します。つまり、家庭でのミスティフィケーションでは、親が自らの安心、安定を守るために、巧妙な操作によって、親と異なる子の視点、子の主体性を圧殺し、子どもを混乱させます。親が自分の有利な立場を利用した洗脳やマインドコントロールとも言える性質を持っています。実際にどのようにするのでしょうか。以下に例を挙げてみます(○○くんとそのお母さんの会話という設定です)。

例1)親「○○くんはもう疲れているんだから、寝るよね」
例2)子「ぼくはバナナが好きじゃないから、いらない」
   親「あら、○○くんはバナナが好きよ」
例3)親「△△くんのお母さんから、△△くんが○○から嫌がらせされていると聞いたけど、あなたにはそんなつもりはなかったのよね?」

どの例も、親が子どもを巧妙に操作し、親の望む考えや行動に誘導しています。子どもの感情や意図、つまり子どもの主体性は無視されています。子どもは親への愛着があり親を正しいと考えるため、例え自分の気持ちに反していても「そうか、ぼくは疲れているのか」「バナナが好きなんだ」と思い込む強い傾向があります。ミスティフィケーションが繰り返されると、子どもは自分の考えや感情に対する自己認識に自信をなくし、子どもの内的世界が混乱してしまうとされています。例3の親は、自分の子どもが嫌がらせをしていることを認めたくない(聞きたくない)ので、ミスティフィケーションによって聞きたくないことを子どもが言えないように巧妙に仕向けます。さらに、この例には、どちらの選択肢を選んでも葛藤や問題が生じてしまう「ダブルバインド」も含まれています。つまり、嫌がらせをしていると答えれば母の期待を裏切ることになり、嫌がらせをしていないと答えれば嘘を言うことになる、という葛藤から子どもは逃れることができません。

実は、統合失調症の子どもの家庭で多用されるという文脈で、レインはミスティフィケーションを研究したのですが、後年、ミスティフィケーションは、程度の差はあれ広く一般的に使われていることがわかりました。どの場合でも「私(親)は子ども自身よりも子どもの心をよく理解している」というメッセージが行間から読み取れますが、「それほど私(親)は子どものことを思っている」と美化したり許容したりする傾向があるかもしれません。また、私の感覚では、日本語は主語がしばしば省略されるため、ミスティフィケーション的な会話が成立しやすいようにも思います。

ミスティフィケーションに対するのは「誠実、率直」なコミュニケーションです。上の例1、例2、例3を、誠実、率直なやりとりにした場合の例を以下に挙げてみます。

例1’)「もう寝る時間だから寝なさい」(→命令)
例2’)「バナナが好きではないのね」(→了解)
例3’)「本当に△△くんにいやがらせをしたの?」(→質問)

上記の例では、命令、了解、質問と、親と子の二つの主体の間でやりとりが行われており、親が子どもの考えや感情を操作していないことがおわかりいただけると思います。

精神分析で知られるフロイトは、健全な精神に大切なのはhonesty(誠実さ、正直さ)であり、honestyの妥協が精神的苦痛の原因だとしました。親子の間でも、誠実、正直でいられることが大切だと言えると思います。

(追記 2020/12/21)
ゲシュタルト療法の境界不全の一つ「融合」も、ミスティフィケーションに重なるところのある概念です。

参考:Mystification, Confusion, and Conflict ,Laing, R.D. From Intensive family therapy: theoretical and practical aspects, Boszormenyi-Nagy, Ivan & Framo, James L. (eds), 1965.