私は、サンフランシスコにあるCIISという大学院で心理学を学びました。CIISはトランスパーソナル心理学を教える、世界でも数少ない大学院の一つで、その分野ではよく知られている大学院です。この「トランスパーソナル」という言葉は、あまりなじみがないかもしれません。ただ、このところマインドフルネスが広く受け入れられたりと、少しずつ「トランスパーソナル」心理学について話す土壌も生まれつつあるのかなと感じています。
トランスパーソナル心理学は、1) 行動主義、2) 精神分析、3)人間性心理学に続く、一番新しい第四の心理学と位置付けられています。クライアントの位置づけや捉え方という観点から、その各々を極々簡単に説明すると:
1) 行動主義は人間の内的世界をブラックボックスのように捉え(つまり不問)「インプットAを与えると、ブラックボックスを経由して、アウトプットBが得られる」という考え方を基礎にしています。人間心理も科学的、機械的に理解できるという考え方です。有名なバプロフの犬「ベルをならすと唾液が出る」はその例です。現在、広く活用されるようになっている認知行動療法の「行動」はこの行動主義の流れを汲んでいます。
2) 精神分析は、フロイトが打ち立てた人間の内的世界の捉え方およびそこへの働きかけ方の理論です。フロイトは無意識を発見し、その存在を社会に認知させる大きなきっかけを作ったといわれる人物です。彼は病理学者だったので、人間を環境から切り離された対象として扱い、「あるべき直線的発達過程」や「人間を動かす根本要因」などを明快に定義していきます。そこでは、クライアントは「問題のある患者」、心理療法家は「問題解決方法を知っている治療者」という「治療モデル」が基本です。
3) 人間性心理学は、精神分析の「治療モデル」への問題意識と、1960年代のヒッピーに代表されるカウンターカルチャーの潮流、つまりそれまでの社会のあり方への批判を背景に生じました。代表的なのはロジャースの来談者中心療法です。ロジャースは一時は聖職者を目指した経歴を持つ人物で、「アガペー(神の愛)」をクライエントに伝えることの重要性を強調しました。その結果、クライアントは「問題を抱え治療を必要とする人」という受け身の存在から「内在的に成長する力を持ち、それを発揮する可能性を秘めた存在」と捉えなおされ、セラピーの主役と位置付けられるようになりました。それに伴って、心理療法家の役割は「クライアントの問題を治療する人」から「クライアントの持つ内在的な力を信じて伴走しながら自己成長の過程を共にする」役割へと変化しました。
最後にトランスパーソナル心理学ですが、その特徴は、セラピストが人間や世界をどう捉えるかという枠組みにあります。そもそも心理学を英語でpsychologyと言いますが、pscyheの語源は古代ギリシャ語の「息」「魂」です。そして、セラピー(therapy)の語源は「癒す、奉仕する」ですから、サイコセラピーは、「魂への奉仕」という意味になります。トランスパーソナル心理学では、個人を超えたもの(トランスパーソナル、超個人)までを含めてクライアントを捉える姿勢を明確に打ち出し、人や世界を多元的、重層的に見ていくところに特徴があります。トランスパーソナル心理学のクラスで教授が「これはクライアントや現実を見るときの統合的なフレームワークだ」と繰り返していたことを思い出します。つまり、トランスパーソナル心理学は、全ての技法を包括するフレームワークとも言えます。トランスパーソナル心理学に分類される技法はありますが、トランスパーソナル心理学は技法によって定義されるのではなく、あくまでもセラピストの持っているフレームワークによって定義されます。そして、トランスパーソナルなセラピストは、クライアントの課題に合わせて、どの層に働きかけるのかを判断して、それに合った技法を用いることを目指します。よって、例えば、時により認知行動療法を用いるトランスパーソナルなセラピストも存在します。
ところで、トランスパーソナル心理学は西洋で発達してきた心理学ですから、「個人」「自我」を重視します。そして、その自我を中心に据えた上で、トランスパーソナル(超個人的)なものも射程にいれながら人の成長を志向します。その超個人的なものを視野に入れる過程で、西洋の心理学が注目したのが古今東西、特に東洋の霊的、宗教的な伝統です。マインドフルネスに代表される禅がその代表的なものですが、トランスパーソナル(超個人)に至る道のりを経験的に形式化した知に接近し多くを学んでいます。その意味で、トランスパーソナル心理学は、西洋の心理学と東洋の霊的宗教的な伝統が統合(インテグラル)されたものだと言えます。私の大学院での専攻は「インテグラル・カウンセリング」ですが、その名前は、西洋の知と東洋の伝統の統合という意味からきています。
一部で誤解があるようなので念の為に付け加えると、トランスパーソナル心理学は、自我を否定したり曖昧にしたりする、例えば「ニューエイジ」とか「トランス状態」を目指すものでは決してありません。キラキラとした「スピリチュアル」なものでもありません(個人的には「キラキラとしたスピリチュアルなもの」を経験したことがないので、それを否定しているわけではありません)。
余談になりますが、大学院では「選択科目」をいくつか履修することができるのですが、ある時、選択科目のリストを眺めていると「Astrology and psychology(占星学と心理学 )」という科目が。「え、占い?」と驚き、思わず電子辞書でAstrologyの意味を確認しました。念の為お断りしますが、CIISは日本で言えば文科省認可の教育機関と同等の位置付けにあり、いい加減な教育機関では決してありません。むしろ、カリフォルニア州の心理療法家の資格は取得基準が非常に厳しいのですが、卒業生の資格取得率も州でトップクラスの「きちんとした」大学院です。なのに(だから?)「占星学と心理学」。驚きましたし、当初は全く理解できませんでした。それで、好奇心もあってその授業を選択しました。ホロトロピック・ブレス・ワークで著名なグロフの講義を受けるまたとない貴重な機会になりました。