条件反応としての不安

行動心理学では、不安は学習されたもの、つまり条件反応であると考えます。

条件反応とは、後天的に訓練や経験によって獲得される反応行動のことです。パブロフの犬がよく知られていますね。犬に餌を与える際にメトロノームを聞かせることを繰り返す(条件付け)すると、メトロノームの音を聞いただけで犬は唾液を分泌するようになります。私たちが梅干を頬ばる場面を想像をすると唾液が分泌されるのも条件反応です。ちなみに、実際にものを食べているときに唾液が分泌されるのは、種が先天的に持っている反応行動で、無条件反応と呼ばれます。

さて、行動心理学の提唱者であるワトソンは、唾液の分泌といった行動だけでなく、人間の感情も条件付けで説明できると考えました。それを実証するために、生後11ヶ月の幼児に条件付けによって「恐怖」を感じるようにする実験を行いました。心が痛むような実験ですが、幼児が実験前は怖がらなかった白いネズミを条件付けで恐怖を感じるようにした、というものです。

不安を条件反応であると捉える場合、暴露療法によって不安を和らげたり解消することが可能だと考えられます。

例えば橋に対して恐怖を抱く人がいた場合、暴露療法では、少しずつ橋に向かって近づいていきます。この時、近づく速度が早すぎると不安な感情が起こってしまい、結果として「橋→不安」という反応が強化されます。反対に、不安のために橋を避けても「橋→不安」という反応は強化されます。

解決策は、橋に早すぎるスピードで近くことでも、橋を回避することでもなく、ゆっくりと慎重にコントロールのきいた状態で橋に近づくことです。行動主義心理学派は、不安の解消の鍵として、不安の対象(上記の例では橋)への暴露が安全でコントロールされていることの重要性を指摘しています。

同時に、行動主義心理学は、リラックスした状態と不安な状態は、身体感覚として同時に両立しないことも指摘しています。人がリラックスして落ち着いている状態の時に、不安は感じることがありません。つまり、橋の暴露療法の例で言えば、橋に近づくにつれて不安が起こってきた時点で歩みを止め(必要なら数歩後戻りして)、身体状態をリラックスさせることで不安を取り除くことができるということです。そして、情動調整によってリラックスできたら、再び少しずつ橋に近づくことを繰り返します。このように、安全でコントロールのきいた暴露を何度も繰り返すうちに、落ち着いた気持ちで橋の真ん中に立てるようになるというのが暴露療法の考え方です。

明白な状況が不安の原因である時には、暴露療法によって条件反応としての不安を脱学習 (unlearn)することが効果的だと考えられます。ただ、実際には、不安の感情の引き金は、複雑で何層にもなっているものだったり(例えば危険信号としての不安)、過去の人物や状況も関連していたりと単純でないことが多いものです。従って、暴露療法による脱感作 (desensitization)だけでは不十分であるケースが多いと考えられます。

ところで、前述のワトソンは、人間は遺伝によってでなく学習によってその人となりが形成されると主張しました。「健康な1ダースの乳児と、育てる事のできる適切な環境さえ与えられれば、才能、好み、適性、先祖、民族など遺伝的といわれるものとは関係なしに、医者、芸術家から、どろぼう、乞食まで様々な人間に育ててみせる」と主張したそうです。筋金入りの行動主義ですね(創設者ですから当たり前かもしれませんが)。

現在では、人の性格の形成には、遺伝と生育環境とがおよそ5割ずつ影響を与えているとする考え方が主流です。ちなみに、「遺伝」「生育環境」の要素以外に、第3の要素が重要なのだという「どんぐり理論」をヒルマン という心理学者が提唱しています。近々、その第3の要素についても書きたいと思っています。

参考:
Cortright, B. (2020). Holistic healing for anxiety, depression, and cognitive decline. CA: Psyche media.