不安について

不安定な愛着形成による不安

愛着とは、主に乳幼児期に子どもが養育者対して形成する心理的結びつきのことです。幼児が養育者に対して十分な愛着を形成できない場合、それが後になって不安の原因になることがあります。なぜなら、不安定な愛着形成により、成人後も親密な人間関係に対して危険を感じるために孤立しがちになり、結果として感情面で不安定になる傾向が強まると考えられるからです。

全ての哺乳類は、安心を感じるために親や養育者を必要とします。アンテロープ(ウシ科の大部分を含むグループ)の赤ちゃんがライオンに遭遇した時には、それが距離的にはライオンに近づくことになる場合でも、母親の元に駆け戻り、安心しようとします。人間の赤ちゃんも同様で、危険に満ちた世界で安心感を得るために、親や養育者に愛着を形成します。通常は、6ヶ月から18ヶ月の間が愛着の形成期とされます。(以下では、便宜的に養育者を親と表記することにします。)

子どもは親に対して愛着を形成し、一緒に時間を過ごすことで安心します。そして、その安心感を基礎に、成長するにつれて世界を探究しようと冒険的になっていきます。例えば、公園で母親から少し離れて遊んでいる子どもは、時どき親の方を振り返って親の様子を確認します。その時、親が子どもと目を合わせ、「大丈夫だよ」と言うようにうなずいたり笑顔になったりすると、子どもは安心して再び遊びに没頭します。つまり、親の「大丈夫だ」という自信が、子どもに内面化され子どもの自信となるのです。反対に、子どもが自分から離れていくのを見て親が心配そうにしていると、子どもも不安になり親の方に戻っていくでしょう。親の心配が子どもに内面化され、子どもも心配になるのです。

しかし、愛着によって子どもが親の方に近づくのは、それが安全であると感じられる場合に限られます。親自身の機嫌の悪いときに、近づく子どもから顔を背けたり、子どもを拒否したりすると、子どもは親から身を引いたり離れたりします。子どもにしてみれば、親に近すぎず、遠すぎない場所に留まることで、親と安全な距離を保つ必要が生じます。こうして、不安定な愛着が形成されていきます。不安定な愛着形成によって親密さそのものが危険だと感じられるために、親と子どもの間に感情的な距離が生じます。結果として、子どもの不安や恐れは決して十分に和らぐことがありません。

このことが、後に親密な人間関係を形成する際の障害になります。親と安全な距離を保つことを無意識のうちに学習してきた人は、成長してからも人と親密になること(近づくこと)が危険だと感じ、「安全な距離」を保とうとするからです。この人間関係に対する不安の結果、その人は孤立する傾向が強くなり、必要な時にも友人や周囲の人から感情的なサポートを得ることが困難になります。一般的にどのような不安にも対人関係の要素が入っているものですが、愛着形成に問題がある場合は、特に人との距離を縮めることが不安の中心になる傾向があります。そして、たとえ大勢の人に囲まれていたとしても、感情面では孤独なまま、その寂しさが癒されることがありません。

心理学の最新のモデルでは、人間の心の基本的な性質は、関係性にあるとされます。つまり、私たちは関係性の中に生まれ、関係性の中で育ち、そして関係性の中で学習をしながら生きているのです。そのため、人間関係が希薄だったり不健康であったりする場合、人は不安になり、精神的につまづきやすくなります。

サルを使った実験では、一匹でいるサルにストレスを与えると典型的なストレス反応が見られる一方で、「仲間のサル」に見守られている時にはストレスを与えられてもストレス反応は大きくはなく、「見知らぬサル」に見守られている時には、ストレス反応が大きくなったという結果が報告されています。良い関係性は、ストレスから私たちを守り、悪い関係性は私たちに悪い影響を与えると推測できそうです。

心地良いとか快調であると感じるためには、誰にとっても愛情と思いやりのある人間関係に支えられることが必要です。実際、下記に紹介しているTEDでは、ハーバード大学卒業生724名を対象にした75年間に渡る追跡調査をもとに、人生の幸福にとって一番大切なのは、富や名声ではなく、信頼できる人間関係であるという結論が明快に述べられています。最後の方で、安定的に愛着を感じる (securely attached)人間関係が、80代の健康に対して与える影響についても言及されています。

ポジティブな人間関係が不足している場合、そして、ネガティブな人間関係が過多の場合に、人は不安を感じます。私たちは、人間関係のついて、幼少期の人間関係(主に親、家族との人間関係)から学習し、それが無意識の人間関係の鋳型(パターン)になると考えられています。無意識の人間関係のパターンに気づき、改善することは、自分だけではなかなか難しいものです。心理カウンセリング (サイコセラピー)は、深いところにある親密さへの不安を探究したり、セラピストとの間で新しい人間関係パターンを体験したりしながら、クライアントがカウンセリングルームの外で信頼できる人と親密な関係を築けるようになるプロセスをサポートします。心の基本的性質は関係性にあると書きましたが、多くの場合、人が傷つくのも関係性の中であるものの、傷から回復するのもまた関係性の中であるといえるでしょう。

参考:
星真一 (2018).「母子の愛着形成について」(MCMC, 日本産婦人科医会)  (2021年7月26日 閲覧)
Cortright, B. (2020). Holistic healing for anxiety, depression, and cognitive decline. CA: Psyche media.