不安について

危険信号としての不安

理想的には、子どもの周囲の大人(父親、母親等を含む養育者)が、子どもの様々な感情を受け止め、また必要ならそういった感情を持つことは自然なことなのだと子どもに教えることで、子どもは自分の感情を自分の一部として受け入れられるようになります。しかし、親にも完璧な人間はおらず、むしろ経験からの学習により、親自身が傷つきそうな感情を否定したり遠ざけようとしたり無意識にすることが普通に起こります。しかし、もちろん子どもにはそのような親の事情を理解することは不可能です。

不安や心配な気持ち、イライラ、悲しさ、怒り、恥などの否定的と捉えられがちな感情。自分の子どもが(もしくは自分の身近な人が)これらの感情を表現した時に、常に大らかな気持ちと共にその感情を受容できる人はおそらく多くはないでしょう。そのような気持ちは親自身を不安にさせますし、また自分の子どもが否定的な感情に苛まれていることは親にとっても辛く感じられるので、できるだけ見たくないと感じます。たとえ始めのうちは受容的態度で対応していても、子どもがいつまでもその感情に浸っているとイライラし始めたり、また、親自身が疲れていたりストレスを感じていたりすると、受容的態度へのハードルは一層上がります。

喜びや興奮など、一般的にポジティブに捉えられる感情も、親(や養育者)に必ずしも常に受容されるとは限りません。「そんなに大げさに喜ばないで」「少しは落ち着いたら」。そんな応答は、日常で珍しいものではありません。

親が子どもの感情を否定するのは、何も言語表現によってのみとは限りません。むしろ、親自身も気づかないような表情の変化(眉間にシワを寄せるなど)や態度など非言語コニュニケーションによって「その感情は受け入れない」ことを子どもに伝えることの方がよく起こっているかもしれません。

自分の感情が親に受容されない時、子どもは傷付いたり恥ずかしく感じたり、落胆したりします。そして、その感情を「親に受け入れられない悪いもの、親から否定される危険なもの」と見なし、自分の感情として取り入れることせずに、無意識下に抑圧するようになります。すると、次第に、無意識には「危険なもの」が増えていきます。

フロイトは「signal anxiety」という概念を提唱しました。signalは信号や合図、anxieryは不安を意味します。これは、無意識に追いやられている感情、葛藤や衝動がアクティブになりそうな時に感じる不安のことです。この不安が合図になり、自己は防衛メカニズムによって自らを防衛します。その結果、その感情は自己に認識されることなく、防衛によって再び無意識に追いやられます。このプロセスは全て無意識だとされ、その人が意識的に感じるのは「原因不明」の不安だけになります。禁じられた感情を認識しそうになる度に、不安やストレスを感じることになります。

感情の抑圧は、自分の一部を抑圧することに他なりません。いわば、「認識しても安心な自分」と「感じると危険な自分」の二つに自己が分割されて片方は自分の認識できない存在になります。しかし、抑圧され意識できなくともその部分も存在しており、それが不安を呼び起こす原因となります。

自己の一部を抑圧するということは、その分のエネルギーを失うことでもあります。つまり、認識できている自己が使えるエネルギーが減少します。さらに、危険な感情を認識しないように抑圧する傾向が強くなればなるほど、他の感情を認識することも困難になる傾向があります。つまり、人間は「特定の気持ちだけ感じないようにする」ことができるほど器用でなく、感情全般を感じにくくなってしまう傾向があります。

結果として、感情を抑圧すればするほど、自己が不安定になります。なぜなら、自分の内的な部分を「良くない」と(無意識に)感じ、自信がなかったり自己肯定感が育ちにくかったりするからです。また、感情は私たちの生活を導くレーダーの役割をしますから(これは自分にとって安全だ、もしくは危険だ、これが好きだ、もしくは嫌いだ、などの判断の根拠になるので)、感情を感じにくいと、自分らしい幸せに向かうにはどちらに進めば良いのかわからなくなります。

不安定な内的構造を持つ自己は、ちょっとした批判にも大きなショックを受け、傷つきます。けれども、社会で人々と接しながら生きていく上で、批判されたり不愉快な対応をされることは避けられませんから、無意識に日常生活が危険に満ちたものに感じられ、ちょっとした出来事が不安(signal anxiety)を掻き立てることになります。同時に、自己肯定感が低いので、セルフイメージを維持し、最も完璧な自分を演出し、他人の称賛を得るためにエネルギーを使い続けます。この努力はどこまで続けても終わりがありません。そして、この作られたセルフイメージは不安定で壊れやすいので、特に原因がないのに、なんとなくいつも不安を感じることになります。

人間は社会的動物であり、成長するにも生活するにも、人間関係を必要とします。心理的な問題の大半はその人間関係の中で生じると考えられますが、同時に、問題を癒していくことも人間関係の中で起こります。人生で出会う様々な人との人間関係を通じて、問題が解決したり改善したりする場合もありますし、サイコセラピー(心理カウンセリング)でセラピストとの関係性の中で問題を解決していくこともあります。

参考:
Cortright, B. (2020). Holistic healing for anxiety, depression, and cognitive decline. CA: Psyche media.