理想のセラピスト

心理カウンセラー(サイコセラピスト)をどう選んだら良いのか、ネットで検索すると複数の記事がヒットします。この投稿では、トラウマ治療の分野で著名な精神科医の考える「理想のセラピスト像」を簡潔に紹介し、セラピストを探す際の目安について考えたいと思います。

ハーマン博士は、トラウマ治療の分野ではバイブルのような存在の本「Trauma and recovery 」(邦題「心的外傷と回復」)の著者です。原著は1992年に出版されて以来、現在も版を重ねています。昨今出版されるトラウマ関連の本にも未だ高い頻度で引用されるので、原著を読んでいなくてもその内容を推測することが困難でないほどです。

著書の中でハーマン博士は、一人のトラウマ・サバイバーの言葉を引用して「良いセラピスト」について触れています(以下、和訳は筆者による粗訳)。

「良いセラピストは、私の経験を完全に承認し、また、私をコントロールしようとするのではなく、私が自分の行動をコントロールできるように手助けしてくれる」(p.133)

セラピストがクライエントの経験を完全に承認することは当然のように響くかもしれませんが、トラウマに関する被害者の記憶は、誤った記憶や捏造された記憶ではないか等の意見が根強かった歴史的背景があります(残念ながら、現在も同様の言説が聞かれることがありますが)。

さらに、セラピストの役割として強調されているのは、「クライエントが自らをコントロールする力」「クライエントの主体性」そして「クライエントのエンパワメント」の回復を支援する点です(p.134)。

さて、理想のセラピストの態度ですが、キーワードは「公平無私 (disinterested)」と「中立性 (neutral)」です。セラピストの公平無私とは、セラピストの個人的なニーズを満たすためにセラピストとしての影響力をクライエントに対して行使しないことを指します。また、中立性は、クライエントの内的な葛藤に対してどちらの側にも立つことなく、またクライエントにある決断をさせようと誘導しないことを意味します。クライエント自身が自分の人生の責任を負う立場にあることに常に留意し、セラピストは自分の個人的な意図を押し付けることを控えます(p.135)。

上記のように理想のセラピストについて述べた後、ハーマン博士は次のように付け加えています。

「公平無私で中立的なセラピストの姿勢は、努力して目指すべき理想ではあるが、完全に達成できることは決してない」

ここで実際的な問題は、(完全ではないにしてもある程度は)公正無私で中立的であるセラピストをどうやって探すことができるかです。これは難しい問題です。「公正無私で中立的」という性質は、外見や経歴等からはおそらく判断できないからです。

それでは、「効果のあるセラピーができるセラピスト」はどうでしょうか。セラピーの効果は、公正無私で中立的な姿勢よりは、なんらかの指標で捉えることができそうです。そして、「効果のあるセラピーができるセラピスト」と「公正無私で中立的なセラピスト」は、重なるところが大きいであろうという推測もある程度成り立ちます。

効果のあるセラピーができるセラピストの判断基準として、まず思いつくのは、セラピストとしての経験量ではないでしょうか。しかし期待を裏切るようですが、実証研究によって、セラピストの臨床経験が長くなると、セラピーの質(効果)が低下することが示されています。具体的には、経験を積むにつれて6割のセラピストについてはそのセラピーの効果は低下するという結果です。ですので「セラピストとして○○年の経験」が必ずしも良質のセラピーを意味するとは限らないと言えそうです。

それでは、学位や資格はどうでしょうか。著名なサイコセラピストのヤーロム博士が、トレーニングの中で「大学新入生と30分も個人面談をすれば、将来的にこの学生が素晴らしいセラピストになるか否か判断できる」と話していました。つまり、良いセラピストになるためには専門的な高等教育だけでは不十分で、大学入学時点で既に身に付けているような要素(例えば、資質、性格、人生経験といったものでしょうか)も重要だということです。つまり、学位や資格は一つの目安になりますが、それだけでは判断できない可能性が大きいということでしょう。

「セラピストに実際に会って、セッションを受けて判断する」。経験量や学位等が確かな判断基準にならないとすると、セラピストを選ぶ際には、これが手堅い方法のように思います。その時のチェックポイントに「公正無私で中立的な姿勢」を加えてみるということかもしれません。また、効果的なセラピーには、クライエントとセラピストの相性が重要であることも付け加えたいと思います。

参考)
1) Herman, J. (2015). Trauma and recovery. Basic Books. (ジュディス・L.ハーマン. 中井久夫(訳)(1999). 心的外傷と回復 みすず書房
2) Goldberg, S. B., Rousmaniere, T., Miller, S. D., Whipple, J., Nielsen, S. L., Hoyt, W. T., & Wampold, B. E. (2016). Do psychotherapists improve with time and experience? A longitudinal analysis of outcomes in a clinical setting. Journal of Counseling Psychology63(1), 1–11. https://doi.org/10.1037/cou0000131
3) Irvin Yalom and the Art of Psychotherapy. Psychotherapy.net Academy