アタッチメント理論では、養育者(多くの場合、親)に対する幼児の行動パターンを4つに分類します。そのうち、養育者に安心して接近する安心型アタッチメント(secure attachment)、不安や葛藤を表現する傾向の強い両価型アタッチメント(ambivalent attachment)、そして無関心を装う回避型アタッチメント(avoidant attachment)は、いずれも養育者に対する態度に安定したパターンが観察されます。それに対して、無秩序型アタッチメント(disorganized attachment)は、一貫したパターンを形成することができなかった子どもの行動、つまり「秩序が無い」アタッチメントパターンを指します。
アタッチメント理論によると、この無秩序型のアタッチメント・パターンが形成される理由は、生来備わっている二つの行動システム間の葛藤にあるとされます。二つの行動システムというのは、アタッチメント行動システムと防衛システム(闘争/逃走反応)を指します。アタッチメント行動システムは、乳幼児が危険を察知したり不安を感じたりした際に養育者に近づこうとする生来の行動プログラムです。それに対して、闘争/逃走反応は、危険を察知した際に、「戦うか、逃げるか」を反射的に判断する防衛反応です。
通常、この二つのシステムは協調して作用します。つまり、危険を感じた乳幼児が本能的に逃げる選択をして(防衛システムによる逃走反応)養育者の元に保護を求めて近づく(アタッチメント行動システム)と、養育者はこの子どもを脅威から守ると同時に慰めたり元気づけたりすることで情緒的にも安定させる役割を果たします。
しかし、例外もあります。それは養育者が脅威の原因である場合です。例えば、養育者が子どもに対して暴言、暴力やネグレクトなどの虐待をする時、子どもはそこから逃げる選択をする逃走反応と、安全を求めて養育者に近づこうとするアタッチメント行動システムが同時に起こるために、養育者から「逃げる」と同時に養育者へ「近づく」という正反対の反応的行動欲求の間で生物学的な混乱に陥ると考えられています。この混乱は、幼児にとっては生存の危機であり根源的な恐怖と感じられることは想像に難くありません。このような経験の繰り返しは幼少期の関係性トラウマと理解されうるもので、子どもの脳内のストレス対処システムの発達に負の影響を与えるとされます。
アタッチメント理論の分野では、子どもの無秩序型アタッチメントと養育者の心理的状態との関連について様々な研究がされてきました。例えば、子の無秩序型アタッチメントは、養育者の抱える未解決のトラウマや喪失体験、または妄想傾向が関係するという研究があります。そして、養育者の攻撃性だけでなく、怯えや解離といった状態も子どもの無秩序型アタッチメントと関係することを明らかにした研究もあります。他方で、アタッチメントのパターンは、本質的に養育者と子どもの間での感情調整の経験により形成されると考えるため、遺伝や子どもの生来の気質の影響は小さいと考えられ、当然それは無秩序型アタッチメントにも適用されます。
アタッチメント理論によれば、幼少期の経験に根ざしたアタッチメント・パターンは基本的に生涯変化することはないと考えられています。幼少期に無秩序型アタッチメントを身につけた子どもは、大人になると相互に矛盾する3つの態度をとるようになります。つまり、「敵意」、「無力感」、そして「他者救済に対する自己への誇大な期待」です。特にストレスがかかる状況下では、自分や他者に対する相矛盾する非現実的な3つの態度が激しく入れ替わり、これは臨床ではしばしば観察されることです。矛盾する態度が並列するのは、注意力や情報処理プロセスが解離状態にあるためだと多くの研究者は考えています。
解離というのは、究極の防衛機制と呼ばれることもありますが、辛い経験や記憶を自己の体験から切り離すことです(防衛機制の解離については別の投稿で書いています)。解離という現象自体は日常的にも起きることです。例えば、空想に耽っていて人に呼ばれて現実に戻るとか、酩酊して自宅に帰り着いたけれど道順は覚えていないとか、「そこに居たけど意識はそこにいない」「記憶にないが身体が動いていた」といったような経験は誰もがしているでしょう。防衛機制としての解離は、ある経験やそれに伴う感情が自分では抱えきれないほど辛いものであるため、無意識に自己を守ろうとその体験や感情を自己から切り離して感じないようにすることで、自分のものではないものにします。無秩序型アタッチメントでは、解離が内的ワーキングモデルと親和性の高い防衛機制になっているともいえます(内的ワーキングモデルは別の投稿で書いています)。結果として、無秩序型アタッチメントの子どもは、その後の人生においてもトラウマ的体験に対して反応的に解離を起こしやすく、感情調整が苦手で、ストレスへの対処や自己内省力が不十分になる傾向が指摘されてます。
幼少期の養育者との関係性を通して形成された無秩序型アタッチメントが後年におけるストレスの高い状況への対処方法などに影響を与え続けると考える時、それは精神病理上のリスクへの脆弱性の可能性を意味します。そのため、無秩序型アタッチメントが本質的に解離と深く関連していると考える研究者たちは、幼少期の無秩序型アタッチメントと精神病理の中でも重篤な解離によって特徴づけられる精神疾患(例えば、境界性パーソナリティ障害や解離性障害など)との関連を指摘しています。さらに、解離プロセスは、解離性障害や境界性パーソナリティ障害に限らず、他の精神疾患の根底に(潜在的なものも含めて)存在しうるとする考えが広まるにつれ、無秩序型アタッチメントに関する研究が活発に行われるようになっています。例えば、統合失調症の患者に関しては、解離と感情的身体的虐待の間の相関関係が明らかにされています。また、全てとは言わないまでも統合失調症の大半の陽性症状は解離の症状であると論じる心理学者もいます。
この幼児期の無秩序型のアタッチメント・パターンと成人後の精神病理を含むその意味合いについては、稿を改めてもう少し書きたいと思っています。
参考)
Fisher, J. (2016). Hearing voices and cultivating internal dialogue. ISSTD webinar.
Moskowitz, A., Ingo Schäfer, & Dorahy, M. J. (2008). Psychosis, trauma, and dissociation : emerging perspectives on severe psychopathology. Wiley.