内的ワーキング・モデル

内的ワーキング・モデルは、アタッチメント理論の主要な概念です。英語では「Internal working model」といいます。これは、後に人工知能と呼ばれることになる当時の最先端の考え方を引用したもので、アタッチメント行動システムを支える認知メカニズム(情報の処理、最適な行動選択など)のことです。

ボウルビーによれば、子どもは生き延びるために、生まれながらにして養育者とのつながりを求めるようにプログラムされています。そして、子どもは養育者に近づいたときの養育者の応答を解釈し、それに反応することを繰り返します。このアタッチメントの経験を元にして、子どもは人間関係の原型モデルを形成します。この原型モデルには、自分についてのモデル(自分がどれくらい受け入れられる存在か)、他人についてのモデル(自分を受け入れる存在か、拒否する存在か)の二つが想定されます。子どもは、無意識のうちにこの内的ワーキング・モデルをもとにして、他者を観察し、行動を決め、他者がどのような反応をするのか予期するようになります。つまり、内的ワーキング・モデルは、無意識レベルで、その人の対人関係における関心や行動に大きく影響を与えることになります。

内的ワーキング・モデルは、テンプレート(鋳型)というよりは、アタッチメントに関する情報処理のルールのようなもので、条件が揃えば変化する可能性があるものの、多くの場合は、時間が経っても変化することはあまりないと考えられています。そのため、子どもの頃のアタッチメント ・パターンは成人になっても維持される可能性が大きいことが研究からわかっています。ですから、幼少期に子どもが養育者との間でどのような関係性を経験するかが、その子どもが成長後、どのような人間関係を作るようになるかにとても重要になると考えられます。

ボウルビーによれば、乳児期に既に内的ワーキング・モデルは形成され始めますが、その段階では養育者を認識したり養育者の短期的な反応を予想したりするのに限って活用されます。子どもが成長して感情、思考、記憶を結びつける能力が育つと、それに伴って、内的ワーキング・モデルは自分と他者一般との関係性の無意識のモデルとなっていきます。大人になると、この無意識のモデルは、人間関係においてその人の期待や感情、態度や行動に根本的な影響力を持つようになります。

幅広い情緒に応答的な養育者との経験を持った子どもは、自分が他者に受け入れられる価値のある存在だという、自分に対する肯定的な意味合いを持つ内的ワーキング・モデルを発達させます。そして子どもは養育者を安全基地とみなし、不安になったり危険に遭遇した時には養育者のもとで安心を得ることを学習します。別の言い方をすると、不安や恐怖が大きすぎて自分で感情調整ができなくなった時には、養育者の元にいって感情調整を共にしてもらう、という経験を繰り返すことで、次第に自分で感情調整の能力が育っていきます。また、他者に対しても肯定的な内的ワーキングモデルを形成するため、新しい情報に開かれた態度を持ち、必要に応じて柔軟に変化いていくことに抵抗が少ないと考えられます。

一方で、子どもへの応答に一貫性がなかったり、応答をしなかったりする養育者の場合、子どもは、自分は他者に受け入れられない価値のない存在だという自己に対する否定的なモデルを形成します。養育者に対して、自分が求めたときに安全を確保してくれたり慰めてくれたりすることを期待しなくなり、これが他者にたいする内的ワーキング・モデルになります。この場合、強い恐怖などで自分で感情を調整できなくなっても、感情調整を手伝ってもらったり教えてもらったりする経験が不十分になり、結果として、感情調整が不得手なため興奮した状態になりやすいタイプと、感情調整が不得手なのでそもそも感情を感じないように防衛するタイプに分かれると考えられています。また、養育者とのアタッチメントを失わないように、養育者に受け入れてもらえないような感情や考えが起こると、子どもはそれらを危険なものとして抑圧することを学習します。その結果、態度が「融通が効かない(rigid)」傾向が強くなり、新しい情報や経験を取り入れて変化することが困難になりがちです。

このように、養育者との間のアタッチメントの経験は、自分や他者、関係性についての無意識のモデルの原型となるだけでなく、感情調整能力の発達や感情の豊かさ、考え方の柔軟性にも影響すると考えられています。また、他者の行動の背景にある感情を想像する力(メンタライゼーション)もこのアタッチメントの経験がその基礎にあるとの仮説に基づき、現在も活発に研究が行われています。

一回性のトラウマ体験(事故や自然災害など)に対して、愛着対象との関係における継続的なトラウマ体験をアタッチメント・トラウマや発達トラウマと呼ぶことがあります。不安型アタッチメントおよび無秩序型アタッチメントを形成した子どもは程度の差があれ、アタッチメント・トラウマを経験しているとされ、その結果、複雑性PTSDの症状に悩まされることが想定されます。

既に述べたように、内的ワーキング・モデルは時間が経っても自然に変化することはあまり期待できないとされますが、成長の過程で不安型から安心型へと変化する可能性についても研究されていて、その場合は事後的に獲得されたと言う意味で「獲得された安心型アタッチメント (gained secure attachement)」と呼ばれます。研究によれば、安心型アタッチメントのパートナーを持つ人、そして、サイコセラピスト(心理カウンセラー)とのアタッチメント関係を持つ人、の2つの場合において、安心型アタッチメントを獲得する可能性が報告されています。

内的ワーキング・モデルは幼少期に形成されるため、言語獲得前の経験がその基礎になっています。心理カウンセリングでは、クライエントがカウンセラーとの関係性に安全基地を見出し、少しずつ内的ワーキングモデルを変化させていくことが期待できます。また、内的ワーキング・モデルは言語化されていない無意識のレベルで、もしくは身体に記憶されているので、身体感覚やイメージからプロセスすることが有効だと考えられています。東京カウンセリングスペースHiRaKuでは、クライエントとセラピストの関係性をもとに、クライエントの内的ワーキング・モデルに働きかけ複雑性PTSDをケアする心理療法(サイコサラピー)を提供しています。

(参考)
Wallin, D. J. (2007). Attachment in psychotherapy. New York: Guilford Press. (日本語版)津島豊美(訳)(2011)『愛着と精神療法 星和書店.
Fonagy, P. (2001). Attachment theory and psychoanalysis. Other Press.(フォナギー, P. 遠藤利彦・北山修(監訳)(2008)『愛着理論と精神分析 誠信書房.