心理療法の効果の要因とは?

心理カウンセリング(心理療法)が身近でない日本では、「心理カウンセリングでは何をするのか」「何のためにするのか」ということが十分に知られているとは言えないと思います。現在、心理療法には様々なアプローチがあり、その数は300とも400とも言われていて、そのことも心理カウンセリングをわかりにくくしている一因かもしれません。

残念ながら、「カウンセリングは話を聴いてもらうだけ」という誤解や、「心理カウンセリングには効果があるのか」という疑問もあるようです。「カウンセラーが私の心の全てを理解できるとは思えないし」という懐疑的な声を聞くこともあります。もちろん、心理カウンセラーはクライエントの心の全てを理解できるわけではありません(理解できると主張するカウンセラーもいるかもしれませんが)。

様々なカウンセリングへのアプローチがあり、カウンセラーがクライエントの心を完全に理解できるわけではない、その一方で、心理療法には一定の効果がある、という結論が研究結果として示されています。

それでは、心理カウンセリングの効果は何によるものなのでしょうか。アプローチによって効果に違いが出てくるのか、それとも、アプローチに関係なく効果的なカウンセリングには共通する要因があるのでしょうか。実は、これは臨床心理学の分野で長らく論争になってきた点です。

アプローチによって効果に違いが出るという考え方は分かりやすいと思います。例えば、フロイト以来の古典的な精神分析では、患者はカウチに横たわり、心に思いつくままに語ります。それを患者の背後に座っている分析家が解釈をすることで、患者の無意識を解き明かしていくという方法がとられます。患者は無意識を意識化することで治癒すると考えられています。また、認知療法では、思考が感情に影響を与えているという考えのもと、思考にターゲットを定め、そこに働きかけます。例えば、思考の癖(認知の歪み)を明らかにし、それを修正していく方法が取られます。また、近年では、身体からアプローチするEMDRやブレインスポッティングといったアプローチも開発されてきました。このようにアプローチが様々であると、アプローチによって効果の大小が異なる可能性が生じます。

他方で、どのアプローチかに関わらず、効果的な心理療法には共通する要因(共通要因、common factor) があるという考え方もかなり以前から提出されており、この考えを支持する研究結果もあります。ここでの共通要因というのは、クライエントとセラピストの関係性、セラピストの共感的態度、セラピストとクライエントの間のゴールに対する共通理解など、主にセラピストに起因する要素と言えます。つまり、サイコセラピーの効果は心理療法やアプローチに起因するのではなく、セラピストに起因するという主張です。

私が教育を受けた米国の大学院では、共通要因を重視しながら教育を行っていて、大学院生のセラピストとしての資質(というのでしょうか)に関する訓練に注力していました。例えば、学生が週一回のサイコセラピー(心理カウンセリング)を1年間受けることが卒業には必須でした。サイコセラピーをクライエントとして受けることで、学生が自分自身の問題や盲点に気づきを得ることは、将来、セラピストとしてクライエントとセッションを行うときに、セラピスト自身の問題や願望にクライエントを巻き込んだりしないためにも大切なことだとされます。また、セラピストが自分自身の光と影をよりよく理解することが、クライエントへの共感の幅を大きくするとも言われています。

大学院に入りたての頃の授業で、「重要なのは、セラピストのプレゼンス(在り方)。だから、何十年セラピストをしているからといって、必ずしも優れたセラピストとは限らない。一年目のセラピストでも素晴らしいセラピストは少なくないし、君たち(私たち大学院生)の中には私よりも優れたセラピストがいるかもしれない」という、40年以上もセラピストをしてきた教授の言葉を覚えています。つまり、この教授は、主にセラピストに起因する共通要因が決定的に重要だと言っているのです。

並行して、精神分析、認知行動療法、ゲシュタルト療法など様々な療法を専門とする教授による授業や実習を受けましたが、「私が専門にしている心理療法が他の心理療法よりも効果が高い」と主張する先生はおらず、むしろ謙虚な姿勢の先生ばかりだったと思います。そして、学生は、一つのアプローチを重点的に学び、そのアプローチのセラピストとなっていくこともあれば、いくつものをアプローチを学んだ上でそれを自分で統合して用いるセラピストになる場合もあります。後者は、integrative therapistを呼ばれることもあります。日本語でいうと統合心理療法家です。ちなみに、私はintegrative therapistです。

このセラピストの謙虚さと関連して、参考文献には、「セラピストが、クライエントとのセッションについて振り返り、批判的に内省することが効果的なセラピーの指標の一つとなる (p.210)」「クライエントの治療により長い期間を予め想定するセラピストの方が効果的なセラピーをする(p.170) 」という研究報告について言及されています。

また、実証研究により認知行動療法が他の療法よりも効果的だと結論するのは、研究者自身が認知行動療法家である場合が多い、という主旨の記述もありました。一般論として、人間が自分と深く関係ある事柄に対して、どこまで客観的姿勢を保てるかというのは興味深い点でもあります。

参考文献の著者は、過去の複数の分析をまとめて分析するメタ分析の手法で、セラピストの在り方、つまり共通要因の方がセラピーの効果に対して重要であると主張しています。同時に、本の各章のかなりの部分が実験調査設計についての考察に当てられています。心理療法は心を扱うので、その要因比較のための実験調査設計が非常に難しいことは想像に難くありません。それでも、過去の論文を遡り、数字の作られ方自体を検証しながら統計分析をさらに分析するという、気の遠くなるような地道な作業を続けて本を著したWampold教授の姿勢に感銘を受けました。

参考文献)
Wampold, B. E. & Imel, Z.E. (2015). The great psychotherapy debate: The evidence for what makes psychotherapy work (2nd ed.). Routledge. NY.