過去の喪失からのうつ

大きな喪失体験をした際には、その喪失に向かい合い十分に悲しむことが必要です。そして、喪失が大きければ大きいほど、それを受け入れることには時間がかかります。例えば、日本では人が亡くなると、初七日、四十九日、一周忌、三回忌、と親族が集まり法要を営みますが、これは大切な人を失くした悲しみを親近者同士で共感し合いながら、その人の死を受け入れるプロセスとも考えられます。

幼少期に親を無くした人が、十分にその喪失を悲しむことが許されなかった場合、その悲しみはその人の中に深く留まったまま、大人になってから抑うつ症状を引き起こす場合があります。子どもの周囲の人が特に配慮に欠けていたわけではなく、残された親自身が、自分の喪失感を押しやりながら生活を立て直すことに必死なことが多いのです。子どもも、環境の変化に対応しようと必死で、結果として十分に悲しむことができないまま時が過ぎることになります。

喪失に向き合い、悲しむことを、英語ではgrieving(悲しむこと)やmouning(喪に服する)と呼びますが、心理カウンセリング(サイコセラピー)の安全な場で、過去の喪失体験を十分に悲しむことが大切になります。何十年もの間、家族の中で抑圧されてきた悲しみが自分の中にあることに無自覚な場合も多いのですが、セラピストとの関係のもと、自分の中にその悲しみを感じることは、それほど困難なことではないでしょう。

関連して、記念日反応(anniversary reaction)という心理学上の概念がありますが、これは、大きな喪失体験や衝撃的な体験をした人が、例えば、毎年その時期になると、抑うつ感情や怒り、いらいらなど心理的に不安定になったり、身体上の問題が起きたりすることを指します。大切な人の死からちょうど10年経った頃に、原因不明の抑うつ状態になったり、または、自分が子どもの時にトラウマになる経験をした親が、自分の子どもがその時の自分と同じ年齢になった時に原因不明の心身上の問題を経験する場合などもその例です。多くの場合、心身上の不調の原因が思いつかないので戸惑い、セラピストに指摘されて驚くことが多いといえます。記念日反応の場合にも、過去の出来事について話したり、その時の感情を十分に感じたりすることが大切だと考えられます。それは、信頼できる周囲の人とでも可能なことかもしれませんし、心理カウンセラーとのセッション でのことかもしれません。

参考:
Cortright, B. (2020). Holistic healing for anxiety, depression, and cognitive decline. CA: Psyche media.