自然と健康

自然の中で過ごすことの効用は、ダーウィンやアインシュタイン も明言していたそうですが、近年では研究によって彼らの主張が正しいことが明らかにされています。自然は人の心を引きつけ、心を落ち着かせると同時に元気づける効果があるとされます。

2000年代初頭から、自然と血圧やストレスホルモンとの関係についての研究始まり、現在では、森林浴の医学分野もできています。ちなみに、自然と健康の研究は日本でも盛んで、その成果を取り入れている点で、日本は先進的だそうです。

具体的に、自然にはどのような効果があるのでしょうか。研究結果によると、血圧を下げたり、ストレスを和らげたり、免疫機能や気分を改善したり、創造性を高めたりする効果があるとされています。また、それらの効果は、自然から離れたあとも一定期間持続するようです。例えば、森林で数時間過ごしてストレスホルモンが低下した後、森林から離れてからも1週間はその効果が続くようです。また、2時間の森林浴を3日間行うと免疫機能に改善がみられ、その効果もその後1週間持続したという報告があります。

森林浴以外にも、自然には効果があることも報告されています。例えば、ある心臓外科医によれば、森の見える病室の患者は、窓から駐車場しかみえない病室の患者よりも回復が早いことが観察されています。また、緑が見える窓のある教室の生徒の方が、そうでない教室の生徒よりも、成績が良いという調査結果もあります。病気の回復にも勉学の成果にも、自然の光景は一役買うようです。

自然は人間の五感に訴えながら、それぞれに健康に影響を与えるようです。嗅覚の例を挙げると、日本杉のエッセンシャルオイルの匂いのする部屋で眠ると、睡眠が改善されるという研究結果がありますし、また、聴覚では、鳥の鳴き声によって心拍の安定性が増すことが観察され、そこからストレスレベルが低下が推測されるとする報告もあります。対照的に、車や飛行機の騒音はストレスレベルを上げることがわかっています。ドイツで行われた研究では、飛行機の騒音のひどい場所にある学校の生徒の学習効率が、町の反対側にある学校よりも低くなったことがわかっています。つまり、聴覚へのストレスは、単に人をイライラさせるだけではないようなのです。

なぜ、自然界は私たちにとり良い効果があるのでしょうか。

生物学の理論としては、バイオフィリア仮説があります。バイオフィリアとは「生物、あるいは生命のシステムに対する愛情」を意味します。この概念は、エーリッヒ・フロムによって生物や生気に引きつけられる心理的傾向を説明するために最初に提案されました。後に、昆虫学者のウィルソンも同じ意味でこの語を用い、人間が他の生物との結びつきを求める生まれつきの傾向を意味します。バイオフィリアとよばれる心理的傾向によって、自然の中にいると人間は、心身ともに休まり、元気が出ると考えらます。

もう一つの理論は、集中力回復理論 (Attention restoration theory)です。人は、ある物ごとに過度に集中すると精神的に疲労しますが、この疲労は自然と接することで癒されるというものです。自然によって人がリラックスするこの効果が十分に発揮されるためには、見ている人がその中に引き込まれるような圧倒的な魅力を持つ自然であることが望ましいとされます。他方で、神経科学の研究によれば、都会の景色を眺めた時に比べて、自然の写真を眺めた時の方が、脳の認知機能を担う部分のバランスが回復することが示されました。つまり、圧倒的な雄大な自然は、実物でなくても脳の疲労回復効果があるようです。

感情について研究している科学者は、人間が自然と接する時に感じる畏怖の感情が重要な作用を及ぼしているのではないかと考えています。それは、人智を超えるような雄大で神秘的な自然に出会う時に生じる感情です。そして、自然に対する畏怖の念には、森林浴と同じ効果、つまり、脈拍や血圧を低下される効果があるようです。さらに、このような生理学的な効果以外にも、心理的な効果もあるとされます。例えば、自意識が緩くなったり、寛容性が増したり、より協力的になったり、といった効果です。

それでは、自然の効果を享受するためには、どのように過ごしたら良いのでしょうか。

フィンランドでの研究によると、1ヶ月につき最低5時間、自然の中で過ごすことで効果が持続するとされます(もちろん、携帯電話などは持参せずに、自然を満喫することが必要です)。また、森林だけでなく、水際や都会の公園でも効果があるとのことです。

ここから推測するに、おそらく家やオフィスに花を植えたり観葉植物を置いたり、休憩時間に窓から緑を眺めたり、近所の公園を散歩したりすることにも効果があるのではないでしょうか。それ以外にも、自然のビデオを観賞することでも効果が観察されるという研究結果もあります。

新型コロナウィルスと共存する生活が求められる現在、自然を満喫することは比較的リスクが少ない選択肢です。これまで自然に親しむ機会がないままだった人も、新しい時間の過ごし方の一つとして取り入れることも良いのではないでしょうか。

(参考)
1) Has, L. (2021) How Nature Helps Us Heal. Great Good Magagize.
2) Cortright, B. (2015). The Neurogenesis Diet & lifestyle: Upgrade your grain, upgrade your life, CA: Psyche media.
3) Biophilia hypothesis (Wikipedia)
4) Attention Restoration Theory (Wikipedia)