ごまかしの自分とうつ

人間性心理学や実存主義心理学では、自分の可能性を最大限に生きることがとても重要だと考えます。

例えば、人間性心理学の中心的人物のマズローは、以下のように述べています。

「警告しておくが、敢えて自分の能力を発揮しないままでいれば、あなたの残りの人生は極めて不幸なものになるだろう。」

“If you deliberately plan to be less than you are capable of being, then I warn you that you’ll be deeply unhappy for the rest of your life.”

実存主義心理学のロロ・メイも以下のように著書で述べいています。

「生における中心的な欲求は、自分の可能性を発揮することだ」

“One central need in life is to fulfill its own potential.” 

このように考える人間性-実存主義心理学 (humanistic-existential psychology)の視点では、自分の可能性や自分らしさを表現しないままに生きていることが、うつ症状の要因になりえるとされます。

実存主義者は、生きることに伴う課題とそれにに向き合うことの困難を強調します。ここでいう課題とは、選択の自由に対する不安、孤独に対する不安、親密な関係に対する不安、死に対する不安など、生きている限り逃れることができない実存的不安と呼ばれるものです。日本語では「いかに生きるかという悩み」と表現した方がわかりやすいかもしれません。

このような悩みに向き合い、自分らしい対処方法や生き方を模索することは、さらに不安をかき立てるので、多くの人は、身近に既に用意された方法を採用し、注意を他に向けることで、あたかも課題が存在しないように自分自身をごまかします。例えば、次々に流行のものを買って安心したり、芸能界のゴシップネタに精通したり、物質依存や仕事依存になったり、強迫的にインターネットに没頭したり、表面上の付き合いに始終したり、というような方法で、自分と自分の生き方に向き合うことを回避します。こういった方法というのは、一言でいえば、大部分の人が日常的にしていることです。

自分らしさや自分の可能性の実現から目をそらし、出来合いの方法でそれなりに楽しく過ごすことも可能です。誰もが程度の差はあれしていることだとも言えますし、それが絶対的に悪いことだと決めつけることはできません。しかし、このように自分をごまかして生きる方法というのは、長くは続けられなくなることが多いのです。そのうちに、内側に無視しようのない空虚感を抱えることになり、疎外感、活力不足、気持ちの落ち込みなどが起こります。

また、幼少期の環境に対処し生き残るために、本当に自分が望むものではなく、安全なものを選択することを学びながら成長してきた人も少なくありません。しかし、自分で選択することが可能な環境になっても、「自分が本当に望むものを得ようとするのは危険だから、身近で確実に手の入るもので妥協して、それなりにやっていけばいい」という選択を無意識に繰り返してしまう場合があります。結果的に、自分の可能性を発揮するには最適ではない選択を続けることになり、次第にエネルギーレベルが低くなり、実存的なうつ状態になると考えられます。

解決方法は、自分の人生に正面から向き合うことです。例えば、間違った選択をするのではないかという不安を受け入れ、自分で選択をしてみることです。そして、たとえ間違った選択をしても、それで自分の人生が全てダメになってしまうことはないこと、むしろそこからの学びを力にできることを経験的に学ぶことです。また、自分に与えられた仕事だと感じられるような目標を見つけることも人生を充実させるために役に立つでしょう。これは必ずしも社会的に注目されるような大袈裟な仕事を意味するのではなく、納得のいく自分の表現方法のことです。そして、誠実で深い交流を味わえる人間関係を築くことは、大変な勇気が必要ですが、それだけ得るものも多いでしょう。心許せる友人が大人数いる必要はありません。少人数、一人でも十分であることは研究結果でも示されています。関連して、自分が何に関心を持ち、どんなことに価値を置くのかを知り、それを大切に守ることも、あるがままの自分らしく生きていく支えとなるでしょう。時間をかけて、自分で納得いく時間の過ごし方を探していくと、人生に付きものの一時的な落ち込みを避けることは不可能でも、慢性的な抑うつ状態にはならないと考えられます。

念のため、最後に一言付け加えると、「自分の可能性を最大限に発揮する」というと、「絶え間ない成長を求めて、常に上を目指す」ような生き方を想像するかもしれませんが、人間性ー実存主義心理学の視点でいう「可能性の発揮」は、むしろその逆で、方向性で言えば、「下へ」もしくは「内側へ」というイメージの方が近いと言えます。つまり、「絶え間ない成長を求めて上を目指す」というのは、多くの場合、社会で一般的に良しとされる尺度に自分を当てはめる(自分以外の誰かが決めた「成功」「上」を目指す)わけですから、その時には意識は自分ではなく外に向いていて、その意味では、上述の強迫的没頭などのごまかしと同じになります。人間性ー実存主義心理学では、自分の心のより深層、もしくは自分の内側の方に意識を向けて、自分に向き合うことが大切だと考えます。その結果、社会通念状の一般的な「成功」とは異なる方向に進むことになる場合も往々にしてあるでしょう。そして逆説的ではありますが、十分に自分の内側に目を向けそこに接近したその先に、それまでとは違ったやり方で外の世界とつながるスペースが開かれると言えるかもしれません。

参考:
Cortright, B. (2020). Holistic healing for anxiety, depression, and cognitive decline. CA: Psyche media.