防衛機制

防衛機制② 否認

否認 (denial) は、幼児期から不快な経験に対処する際に用いる防衛で、それが起きていることの承認を拒否することです。この幼児の自己中心性に端を発する「私が認めなければ、それは起きていないのだ」という信念は、大人が、例えば大切な人の突然の死の知らせに接して、咄嗟に「嘘でしょう!?」とか「ありえない!」と反応することにその名残をとどめています。

基本的に否認によって防衛をする人は、いつも万事順調で問題など何もないと主張します。他人から見たら明らかに問題がある状況であってもそれを認めません。マクウィリアムズが著書の中で例に挙げているのは、5人の子どものうち3人が次々に亡くなっても喪に服することも、残る2人の子どもの苦悩も認めることを拒絶し、疑うべき先天性の病気について専門家に相談もしないまま「これは神の意思の反映であり、神は私たちに何が最善かを知っている」と主張する親です。また、通常であれば大部分の人が否定的な面を認める状況下で、歓喜や際立った陽気さを見せる人も、否認の作用が反映していると考えられます。

誰もが否認を使う場合があります。例えば、泣くことが不適切な場面でひどく気持ちが傷ついた場合には、おそらく大部分の人は、その気持ちを認めた上で泣かないように意識的に努力をするのではなく、その傷ついた気持ちを否認してやり過ごすでしょう。また、危機的状況下では、自らの命が危険にさらされている事実を否認する能力によって命拾いすることもあるでしょう。実際、どの戦争でも、命が脅威にさらされる中、多くの人を救った英雄の話があります。

一方で、否認の好ましくない例としては、癌の可能性を否認することで、癌に罹患することを魔法のように避けられると考えて、がん検診を受けない人や、飲酒の問題はないと主張するアルコール依存症患者、暴力を振るうパートナーの危険性を否定する人、肉体能力や認知能力の衰えを認めずに運転免許証を返納しない高齢者などがあります。

実は、否認は、より成熟した防衛を構成する一要素でもあります。例えば、告白して振られた人が、「本当は相手も自分に好意を持っているが、まだ心の準備が整っていなかったのだ」と信じる場合、振られたという事実を否認した上で、合理化という防衛によって言い訳をしています。また、反動形成 (reaction formation) では、本来の感情が全く反対の感情として意識されますが、本来の感情を単に否認するだけではないという意味で、より複雑なタイプの否認だと考えられます。

否認の明らかに病理的な例は、躁状態です。躁状態にある人は、自らの身体的限界、睡眠の必要性、経済的緊急事態、自分の弱点やいつかは死ぬ存在であることすら否認します。うつ状態であると人生の負の側面を無視することができなくなりますが、躁状態ではそれらを気にもかけません。双極性障害の診断基準を満たすことはないものの、躁状態でエネルギーを使い疲弊するとうつ状態になるというサイクルが見られる場合も少なくありません。

未熟な形でそのままの「否認」をする大人は懸念されますが、ほどほどに明るく前向きな「否認」は、一緒にいて楽しく好感します。例えば、コメディアンやタレントの多くは、エネルギッシュで機知に富み、苦しみなどの感情を遮って変容させることで、周囲を元気付けます。しかし、彼らのうつ的な側面は、家族など親しい人には明らかであることが多いと言われます。

ところで、この投稿をきっかけに防衛機制の「否認」と「抑圧」の違いについて改めて調べましたが、結論から言うと、論者によりその説明が異なるようです。マクウィリアムズは、否認は即時的反応的であるのに対して抑圧は対象を「知った」上で知らなかったことにする、とその違いを述べています。それと異なる説明をしている心理学者もいて、否認は「知らないのではなく、知っているのにもかかわらず認めない」ことだとしています(例えば参考文献の鈴木晶)。また、否認は外部の出来事についてであり、対して抑圧は自分の内部の考えや気持ちについての防衛であると整理する人もいます (参考文献のKahn)。さらに、否認は他者に質問されれば認めることができる内容であるのに対して、抑圧は質問をされても思い出すことができない内容であるとする立場もあるようです。そもそも、防衛は無意識の心理作用であるので、その理解は人の感覚によってなされるところが大きく、さらに、無意識の作用を言語化する際に表現にばらつきがでるのも、自然なことかもしれません。

参考)
Kahn, M. (2002). Basic Freud. Basic Books.
McWilliams, N. (2011). Psychoanalytic diagnosis: Understanding Personality Structure in the Clinical Process. (2nd. ed). New York: Guilford press.
鈴木晶 (2004)「図解雑学 フロイトの精神分析」ナツメ社.