実はみんな積極的?

ある調査によると、大部分の人は「他人は自分の話になど関心を持たないだろう」とか「深い会話をしたら、相手に引かれたりして、楽しめないだろう」と考え、天気やテレビ番組などの当たり障りのない会話に始終しがちですが、実は、思っている以上に、人々はお互いに深い会話を求めていることが示されたそうです。

1,800人の被験者で行った実験は次のようなものです。被験者に二人組になってもらい(多くの場合、見知らぬ人同士)、軽い話題について話すグループ(以下、軽グループ)と、深い話題について話すグループ(以下、深グループ)に分け、実際に会話をしてもらいます。会話をする前に、各人が「会話に対してどれくらい違和感を持つか」「相手とどの程度つながりを感じられるか」「どれくらい会話を楽しめるか」を予想し、そして会話後に、実際どう感じたかを評価します。その結果、以下のような発見がありました。

軽グループも深グループも、予想よりも会話に対する違和感を持たなかった一方で、予想以上のつながりを感じ、会話を楽しむことができたと評価しました。同時に、深グループの方が、「違和感」を過大に予想していることがわかりました。また、深グループの方が、より強いつながりと楽しみを感じられたこともわかりました。

別の実験では、被験者が、ある人とは軽い会話を、別の人と深い会話をしました。事前の予想では、被験者は軽い会話の方を好むだろうと予想しましたが、会話後の評価では、深い会話の方を好むと回答しました。

もう一つの実験でわかったことは、「相手が自分の話に関心を持っている」と事前に知っている場合、被験者は自ら深い話題を選択する傾向が強まるということです。

これらの実験結果から言えるのは、人々は深い意味のある会話の方がよりつながりを感じられ、より楽しめ、そして実は思ったほどの違和感は持たないということです。それでは、日常生活では当たり障りのない軽い会話をしがちなのはなぜなのでしょうか。ある実験によると、「話し相手が自分の話にどれだけ興味を持っているか」について、人々は常に低く見積もりすぎていることが明らかになっています。

これらの実験を行った行動科学の学者は、「人間は、非常に社会的で、会話でも互恵的であろうとする傾向がある。つまり、あなたが何か意味深い大切ことを共有すれば、相手もそれに応じて、意味深い大切なことを話してくることが期待でき、結果としてよりよいコニュニケーションが可能になるだろう」と話しています。

実は、これは社会心理学の「多元的無知」という概念で説明できる現象です。多元的無知というのは、「集団の大多数の人は、ある規範を受け入れていないのだが、他の人々は規範を受け入れているだろうと誤解しているために、自らもその規範に従って行動する」現象を指します。つまり、「誰も信じていないのに、皆んな信じていると皆が考えている」という集団心理です。上の例で言えば、「相手が自分に関心を持ってくれているならば、自分は意味深い話題を話したい」と内心では思っている人が大部分なのに、他人に対しては「皆、自分には関心がないから、意味深い話をすることは避けるべき」と皆が信じているので、結果として意味深い話を避ける行動が集団として起きる、ということです。

日本の例になりますが、男性の育休取得が進まない現状をこの多元的無知という概念で説明できるという調査結果が九州大学の研究グループから提出されています。つまり、「個人個人は本心では育休の取得に前向きであるのだが、他の皆は男性の育休取得には批判的であると(誤って)信じるために、それに従って自ら育休の取得をしない」という現象です。

意味深い会話にせよ、男性の育休取得にせよ、少し勇気を出して一歩踏み出してみると、意外に好感をもって受け止めてもらえる可能性があるといえそうです。

参考)
1) Krdas, M. et al.(2021). Overly Shallow? Miscalibrated Expectations Create a Barrier to Deeper Conversation. Journal of Personality and Social Psychology: Attitudes and Social Cognition.
2) 九州大学ウェブサイト(2017)「男性の育休取得を阻んでいる一要因とは?間違った思い込みから生まれる心理的壁
3) 多元的無知(ウィキペディア)