防衛機制⑩ 退行

退行 (regression) は、ストレスがかかった時などに以前の発達段階に戻ったような態度をとることです。子どもを育てた経験がある人は、幼い子どもが疲れた時や空腹時に退行した記憶があると思います。「赤ちゃん返り」とも呼ばれ、例えば自分に弟や妹が生まれた時に、以前の発達段階にもどる(指しゃぶりやおねしょをするようになる等)ことは、比較的よく知られています。

退行は誰にでも起きることがあります。例えば強いストレスをさらされている時には、大人であってもお気に入りの縫いぐるみを抱いて寝たり、口当たりの良い食べ物をやけ食いしたりという風に。以前の発達段階での態度をとることで、安心を感じ、エネルギーを回復しているのだと考えられます。

厳密にいうと、退行は無意識の心理作用なので、甘えることで元気付けてもらおうとか、不安を感じるほど強い衝動があるので運動して発散しようとか、意識的に考える場合は退行ではありません。そうではなくて、自分の中に意外な野心があることに気づいた後に幼い態度で甘えたり、一段と親密な気持ちを感じたパートナーに攻撃的な喧嘩をしかけたりする場合に、それが無意識の行為であれば退行と考えられます。同様に、気持ちを言語化する能力がある子どもや大人が、防衛として「身体化」を使うとき、前言語段階に退行するという見方もできます。心気症の中にも、不快な感情に対処するために病人という立場に退行していると考えられるものもあります。ちなみに、身体化と心気症の違いは、前者には診断に足る症状があるのに対して、後者は本人が病気であると本心から確信していても症状は認められない点です。

退行を主な防衛手段として過度に依存する人は、幼児性パーソナリティ (infantile personality)と考えられますが、この幼児生パーソナリティはDSMの第二版以降はDSMから姿を消してしまいました。

参考)
McWilliams, N. (2011). Psychoanalytic diagnosis: Understanding Personality Structure in the Clinical Process. (2nd. ed). New York: Guilford press.