マインドフルネスについては過去に投稿しており、脳への効果にも一言だけ言及していますが、今回はもう少し詳しくマインドフルネスの脳への影響について書こうと思います。
マインドフルネスとは
マインドフルネスは、宗教色を排した瞑想です。最近になってマインドフルネスが一般的に取り上げられるようになりましたが、そのもとを辿るとジョン・カバットジン博士によるマインドフルネスの医療分野への適用があります。瞑想に長年親しんでいた博士は、患者の痛みの軽減にマインドフルネスが効果的であることに気づきました。そして博士は、マインドフルネスの適用対象を痛みの緩和以外にも次第に広げることと並行して、MBSR (mindfulness-based stress reduction, マインドフルネスストレス低減法) プログラムと呼ばれる8週間のプログラムを開発しました。
カバットジン博士は、マインドフルネスのもつ癒しと変容の力は非現実的な空想上のものではなく、それは人間に備わっている生命力によるものだ、と著書で述べています。そして、マインドフルネスは実践によって習得可能な技術であり、マインドフルネスの力を、使えば使うほど強くなる筋肉に例えています。
カバットジン博士自身がマインドフルネスをガイドしている音声がありますので、英語ですけれど雰囲気が伝わるかと思い、以下にリンクします。
The Breathscape Practice for Cultivating Mindfulness
マインドフルネスで変わる脳
MBSRプログラムによって脳にどのような変化が見られるのか、研究論文は数多くあるのですが、その中のいくつかを以下に列挙します。
・fMRIによって脳をスキャンした結果、学習と記憶、感情調節、自己意識、認知に関連する脳の領域が厚くなっていた(増量していた)。また、扁桃体が小さくなっており、それは被験者のストレス度合いの改善幅と相関していた(扁桃体は、不安や嫌悪などの感情に反応する脳の部位です→投稿「海馬と扁桃体」)。
・海馬が大きくなっていた。海馬は記憶や学習、そして感情調整機能もに関与している脳の部位。(右側の海馬が大きくなってるとする研究、左側の海馬が大きくなっているとする研究などが混在)
・脳の「現在の経験」に関連する神経回路が活性化し、時間軸の中で経験された自分(意識が作り出した自分に関する物語。セルフイメージを含む)に関連する神経回路が不活性化した。後者は、意識が過去や将来に彷徨って怒りや不安などの感情を作り出すという特徴と関係している部位で、その部位が小さくなっていることから現在により集中しやすくなっていることが推測される。また前者が活性化していることは、今現在の幸せへの感度が高くなっていると推測される。
・前頭前皮質に位置する感情表現に関わる脳の部位において、神経回路の電気的な活動(シグナルのやりとり)の中心が脳の右から左の方向へ移動した。左脳は論理的思考と関連が強いので、不安やフラストレーションなどの感情に振り回されたりせず、感情を客観的に把握し、より効果的に対処できると推測される。
このように、マインドフルネスの結果、感情調整や認知機能に関連する脳の部位に変化がみられるとする研究が数多くあります。よって、MBSRは不安障害やパニック障害にも効果があることが実証されていますが、感情面の問題だけでなく認知機能の衰え(認知症など)についてもマインドフルネスが有効だとされています。加えて、マインドフルネスには免疫力を上げる効果があるとする研究も数多くあります。さらに、老化スピードを抑制するという研究結果まであります。まさに、いいことずくめですね。
マインドフルネスの実践と現代生活
マインドフルネスを始めるにあたって最初に経験する困難は、瞑想が通常の日常行為とその性質がとても違うことかもしれません。私たちの多くは、物ごとを「する」ことに価値をおく社会に生きており、如何にして効率的に「する」か、目的達成のための「やり方」について意識を向け訓練を積む生き方をしています。対して、マインドフルネスは「在り方」に意識を向けます。マインドフルネスは一瞬一瞬の「今ここ」に意識を向け、価値判断をせずに「いる」ことです。そして、マインドフルネス自体には目的はありません。ある意味では、日常生活とマインドフルネスはそのモードの次元が大きく異なるので、通常のモードからマインドフルネスのモードに変換すること自体にかなりの抵抗を感じる可能性があります。また、始めてみると意識が過去や未来をさまよい様々な「考え」が浮かんできて、思うように静かで平和な「今ここ」を感じることができないかもしれません。始めのうちは、忍耐力が必要になるかもしれませんが、筋トレと同様に続けることが大切です。「筋トレは裏切らない」というフレーズを耳にすることがありますが、マインドフルネスも裏切らないことは、研究により実証されています。
高校生の時に読んだ本『星降るインド』(後藤亜紀、旺文社文庫、1984年)は、夫の仕事の都合でインドに駐在した日本女性が書いたエッセイです。その中に、著者が働きの良いインド人の庭師に「お給料を上げるから、午前だけでなく午後も働かないか」と提案する話が出てきます。喜んで応じると思いきや、庭師は「そんなに仕事ばかりしたら、祈る時間がなくなる」といって、割りの良い賃金に全く関心を示さず、その反応に彼女がとても驚く場面があります。それを読んだ時、当時高校生の私は「インド人って祈るんだ。やっぱり文化が違うな」くらいにしか思いませんでしたが、今でもその一節を記憶しているということは、それだけ印象的だったのでしょう。最近になりマインドフルネスが意識されてきたということは、私たちもそのインド人の庭師の言うことが少しは理解できるようになってきたということかもしれません。
参考)
1) Kabat-Zinn, J. (2013) Full catastrophe living: using the wisdom of your body and mind to face stress, pain, and illness (2nd ed.) New York : Bantam Books.
2) Carmody, J.Mindfulness practice leads to increases in regional brain gray matter density Psychiatry Res. Author manuscript; available in PMC 2012 Jan 30.Published in final edited form as: Psychiatry Res. 2011 Jan 30; 191(1): 36–43. Published online 2010 Nov 10